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zoom RSS 喜多院・仙波東照宮

<<   作成日時 : 2012/03/17 18:23   >>

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 無量寿寺
 星野山(せいやさん) 喜多院(川越大師)
 天台宗
 本 尊
 阿弥陀如来(鎌倉大仏)
 あみだにょらい
 慈恵大師
 じえだいし
     
 仙波東照宮
 無格社
 祭 神
 東照大権現(徳川家康)
 とうしょうだいごんげん
 2012/02/26



天長7年(830)淳和天皇の命で円仁(慈覚大師)が建立
当初は北院・中院・南院があり、伏見天皇が尊海僧正に命じ関東天台宗の本山とした
寛永10年に中院のあった場所に仙波東照宮が建てられた
南院は明治の初めに廃院となり、数十基の石の塔婆が残っている
慶長4年(1599)第27世住職・天海僧正が寺号を喜多院と改めた
寛永15年(1638)川越大火で焼失した伽藍の代わりに徳川家光の命により江戸城紅葉山御殿の一部を移築した
江戸城にあった時に徳川家光が誕生した客殿、春日局化粧の間ある書院はいずれも重要文化財
五百羅漢は天明2年(1782)から文政8年(1825)に538体の石仏が建立された
松平朝矩から松平直侯まで5人の川越藩主の廟がある
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慈恵大師は良源(りょうげん)の諡号
平安時代の天台宗の僧で比叡山延暦寺の中興の祖で第18代天台座主(ざす)
通称は元三大師(がんさんだいし)「厄除け大師」として信仰を集めている
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元和3年(1617)久能山から日光山に改葬される際に喜多院で法要が行われ 後水尾天皇から東照大権現の勅額が下賜され天台宗の僧侶・天海によって創建された
寛永15年(1638)川越大火で社殿は焼失したが徳川家光の命で寛永17年(1640)再建された
明治2年(1869)神仏分離令により喜多院の管理を離れ、現在は川越八幡宮の宮司が兼任している
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戊辰戦争時の官軍と地元の子どものやりとりを歌った童謡「あんたがたどこさ」発祥の地と言われる


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