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<<   作成日時 : 2012/12/08 15:26   >>

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 皇大神宮
 内宮
 式内社
 祭 神
 天照坐皇大御神
 あまてらすおおみかみ
 手力男神
 たぢからをのかみ
 萬幡豊秋津姫命
 よろずはたとよあきつひめのみこと
     
 豊受大神宮
 外宮
 式内社
 祭 神
 豊受大御神
 とようけのおおみかみ
 天津彦々火瓊々杵尊
 あまつひこひこほのににぎのみこと
 天児屋根命
 あめのこやねのみこと
 太玉命
 ふとだまのみこと
 2012/11/16 2006/02/01



「伊勢神宮」と一般に呼ばれているが、正式には「神宮」であり、皇大神宮と豊受大神宮を正宮(しょうぐう/内宮・外宮)とする2社を中心に、別宮(べつくう・わけみや/内10・外4)14社と、延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう/927年)に記載される摂社(せっしゃ/内27・外16)43社、延暦儀式帳(えんりゃくぎしきちょう/804年)に記載される末社(まっしゃ/内16・外8)24社、正宮と別宮(滝原宮に3社・伊雑宮に5社)が所管する所管社(しょかんしゃ/内30・外4・別8)42社の合計125社で成っている
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江戸時代にはたくさんの参宮客で栄えたおはらい町だったが、1980年代に和菓子店の赤福が中心となり、伝統的な妻入り建築が並ぶ門前町に再生した
平成5年(1993)の式年遷宮に合わせて「おかげ横丁」を通りのほぼ中央に開業した
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大和朝廷が東方進出の拠点として、現在の外宮の辺りに王家の守護神の祭場を移した(古墳時代の5世紀頃か)
壬申の乱で天武天皇は天照大神に祈願して勝利した天武元年(672)
皇祖神としての天照大神を祭る内宮が造られた(伝承では垂仁天皇26年・紀元前29年)
外宮には穀物神・豊受大神が祭られた(伝承では雄略天皇22年・457年)
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式年遷宮は、第41代持統(じとう)天皇4年(690)に皇大神宮の遷宮が初めて行われ、戦国時代に中断したが、以来20年毎に繰り返されてきた
内宮と外宮の正殿の棟持柱(むなもちばしら)は、削りなおして宇治橋の前後にある鳥居に使われ、その鳥居はまた他の鳥居として20年間再利用され、その後も全国の神社の柱や屋根の修繕に用い、ほかの古材も無駄なく活用されている
伝統技術の継承のために重要かつ貴重な行事だが、平成5年の第61回式年遷宮の経費は327億円で、平成25年の第62回は約550億円と試算されている
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伊勢神宮     伊勢神宮詳細サイト

おかげ横丁     赤福本店

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