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zoom RSS 談山神社

<<   作成日時 : 2013/06/01 10:08   >>

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 談山(たんざん)神社
 別格官幣社・別表神社
 祭 神
 藤原鎌足公(談山大明神)
 ふじわらのかまたりこう
 2013/04/30



大化元年(645)藤原鎌足と中大兄皇子が大化の改新の談合をこの多武峰にて行い、後に談い山(かたらいやま)と呼んだ
鎌倉時代に成立した寺伝によると、天武天皇7年(678)藤原氏の祖・鎌足の長男の僧・定恵が唐からの帰国後、父の墓をこの地に移し、十三重塔を造立したのが発祥
天武天皇9年(680)講堂(現・拝殿)が創建され、妙楽寺とした
大宝元年(701)鎌足の木像を安置する祠堂(現・本殿)が建立され、聖霊院と号した
平安時代に天台僧・増賀を迎えたことから、同じ藤原氏縁ながら宗派の違う興福寺と争いが絶えず、鎌倉時代から室町時代にかけて領地などを巡り小競り合いを繰り返した
天仁2年(1108)多くの堂宇や近くの鹿路の村々が焼かれた
承安3年(1173)興福寺衆徒勢の焼き討ちで十三重塔が消失、文治元年(1185)再興
永享9年(1437)室町幕府・永正3年(1506)大和国人一揆・永禄2年(1559)十市氏への3つの抵抗「多武峰合戦」と続く
天正13年(1585)豊臣秀吉の命により郡山城下に遷座
天正18年(1590)徳川家康に帰山を許され復興
明治2年(1869)僧徒が還俗、談山神社と改称
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明治の神仏分離の際に多武峯妙楽寺(とうのみねみょうらくじ)を廃したが、寺院建築はそのままのため独特の雰囲気を残している
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神仏習合の趣を残す寺社へのリンク





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