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zoom RSS 伊勢国分寺・尼寺

<<   作成日時 : 2013/09/22 12:05   >>

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 伊勢国分寺・尼寺
 廃寺か?
 本 尊
 薬師如来
 やくしにょらい
 2013/09/10


 
寛政年間の東海道名所図絵の記述では国分寺村に常慶山と号す浄土宗の寺があると伝えている
宝暦年間の三国地誌には国分村の南に礎石・瓦類が散在しているとあり、このころすでに遺構は消滅していた
国分町集落内の光福寺に亨和2年建立の伊勢国分寺陳跡碑記があり、南院(金光明寺)と北院(法華寺)の存在を記しており、南院を寛政年間に再興したとある
土塁は土壇の西に南・北の2カ所あったが、戦前は南に数十間・東に約百間の土塁が存在したという
史跡指定地の東約500mに国分町の集落があり、1993〜1997年の調査で北限の溝と考える遺構が見つかり、集落の地割りとほぼ一致しており、尼寺跡に比定されている
集落の南側の南浦廃寺では、白鳳期の瓦が出土し東築地跡が確認され、1997年の調査では掘建柱建物跡が発見され、寺院の僧坊か大鹿氏の居館と推定された
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推定僧寺跡・比定尼寺跡についての不確定要素
耕作のため開墾され遺跡の残存状況は極めて悪いが、数次に渡る計画的発掘にも関わらず塔跡が発見されない
塔の無い特殊な国分寺は例がなく、農地または集落により遺稿が消されてしまっているのではないか
史蹟・国分寺跡は尼寺跡で、推定国分尼寺跡か南浦廃寺が国分寺跡ではないかという説がある
伝承寺がはっきりしていない
・常慶山国分寺は、境内と集落は融合しており本堂・鐘楼・小堂・庫裏があるが無住
浄土宗鎮西派で本尊は薬師如来
・松阪市伊勢寺町にかつて慶雲寺と称し、江戸時代に改称した真言宗御室派の国分寺がある
これは7世紀末ごろ創建された伊勢寺の跡と考えられている 尼寺跡という説も
・亀山市関町にも伊勢国分寺と称する真言宗御室派の明星山宝生院国分寺がある
本尊は虚空蔵菩薩なので、一時燈明を預かったとか役割を代行したとかの縁はあるかもしれない
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