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zoom RSS 中津城・中津大神宮

<<   作成日時 : 2014/04/06 17:27   >>

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 西海道 豊後の国
 城 名 中津城
 別 称 扇城
 所 属 安土桃山時代・秀吉の家臣
 築城年 1588
 築城主 黒田孝高
     
 中津大神宮
 豊前の国のお伊勢様
 祭 神
 天照大御神
 あまてらすすめおおかみ
 豊受大神
 とようけのおおかみ
 倭姫命
 やまとひめのみこと
 天宇豆売命
 あめのうずめのみこと



天正16年(1588)黒田孝高(如水)は、中津城の築城を始める
熊本の一揆征伐で黒田長政は、敵対していた城井(宇都宮)鎮房を城内で惨殺
慶長5年(1600)細川忠興が入封、大修築を開始
慶長7年(1602)忠興は小倉城を築いて居城とし、中津城の城主は細川興秋になる
元和7年(1621)扇形の縄張りに拡張
寛永9年(1632)小笠原長次が入封し中津藩が成立
享保2年(1717)奥平昌成が入封し、明治維新まで奥平家の居城となった
文久3年(1863)本丸に松の御殿を新築
明治3年(1870)中津藩士・福沢諭吉の進言により御殿を残し、その他建造物を破却
明治10年(1877)西南戦争の際、御殿が焼失
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訪問日 2014_03_09 遺 稿 観光用天守風建築
入場料 400 駐車場 無料 D2

明治14年(1881)皇大神宮分霊を迎えて、神宮教豊前教会として創建
明治32年(1899)神宮教の神宮奉斎会改組にともない、神宮奉斎会中津支部となる
昭和21年(1946)中津大神宮に改称
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明治になって中津神社・中津大神宮・奥平神社(三所宮)・城井神社・扇城神社・金刀比羅宮が中津城内に遷座した
奥平神社は、初代中津藩主・奥平昌成公を祀る 祭神は奥平貞能・信昌・家昌の三柱
城井神社は、城井谷(きいだに)城主・宇都宮鎮房を祀る
扇城神社は大正9年(1920)城井神社の末社 祭神は宇都宮鎮房の従臣45柱
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昭和39年(1964)旧藩主奥平家が中心となり、市民らの寄付を合わせて模擬天守を建造
平成22年(2010)中津勧業が所有する模擬天守等の建築物を、埼玉県の企業千雅に売却
平成23年(2012)千雅が管理運営を一般社団法人中津城に移管

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