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zoom RSS 豊前政庁跡・惣社八幡

<<   作成日時 : 2014/07/19 10:34   >>

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 惣社八幡神社
 豊前國総社
 郷社
 祭 神
 仲哀天皇
 ちゅうあいてんのう
 仁徳天皇
 にんとくてんのう
 大己貴命
 おおなむちのみこと
 少彦名命
 すくなひこなのみこと
 応神天皇
 おうじんてんのう
 神功皇后
 句々能知命
 くくのちのみこと
 水波能賣命
 みずはのめのみこと
 2014_06_17



8世紀〜12世紀、中央集権的な国家体制(律令制)が形成され、地方に国・郡・里という行政組織が作られ、全66国2島に国府(政庁)が設けられた
国司(国の長官)は国内の神社を定期的に拝礼して回っていたが、平安時代後半になると、国衛(府)に近い場所に惣(総)社を建立して、それぞれの神社の祭神を一ヶ所に勧請した
豊前の国では国府の南方800mに国分寺があり、国府の隣に惣社が建立された
平安時代に八幡神を合祀し惣社八幡となった
国府・国分寺・惣社の三つの遺跡がそろって現存する例は珍しい
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平成18年(2006)勝山町・犀川町・豊津町が合併し、福岡県京都(みやこ)郡みやこ町が誕生した
奈良時代の豊津町は豊前国の中心で国府が置かれ、政治の中心地として栄えていた
周辺には、正道遺跡・北原遺跡や縄文・弥生時代の古墳群なども存在する
鎌倉時代以降は律令制が崩壊し、国府とともに一帯も衰退する
天保年間に小笠原藩が豊津台地の開発を行い、再び活気を取り戻す
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現在、豊前国府跡は史跡公園として整備され、11世紀前半〜12世紀前半の政庁の基礎部分や、古来の工法(版築)で築かれた築地塀を復元している
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政庁跡へのリンク
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