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zoom RSS 甲斐善光寺

<<   作成日時 : 2015/04/26 18:06   >>

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 甲斐善光寺
 定額山 浄智院
 浄土宗
 本 尊
 善光寺式阿弥陀三尊
 ぜんこうじしきあみださんぞん
 2015_04_07



永禄元年(1558)武田信玄は川中島の合戦により信濃善光寺が兵火にかかるのを恐れ、ここ本多善光葬送の地に本尊をはじめ寺宝類を移した
武田氏滅亡により、本尊は織田・豊臣・徳川氏を転々としたが、慶長3年(1598)信濃に帰された
その後、信濃善光寺の前立仏を新たに本尊と定め、浄土宗の大寺院として、徳川家の位牌所にもなった
この本尊は土型で鋳造した銅像で、左脇侍像の右足のほぞに建久6年(1195)と刻まれている
左足のほぞにも我伍足の文字があるが、何を意味するか判っていない
善光寺式三尊像の中では、最古かつ例外的に大きい(重要文化財)
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宝暦4年(1754)門前の失火により伽藍焼失
本堂は寛政元年(1789)上棟、寛政8年(1796)竣工(重要文化財)
善光寺建築に特有の撞木造(しゅもくづくり)で戒壇廻りがあり、中陣天井には龍が二匹描かれている
この龍は鳴き龍で日光東照宮が代表的であるが、フラッターエコーといい、対向する壁面が平行で音の反射が強いとき、反射音の繰り返し(多重反射)が起こる現象で、龍の描かれた部分だけ吊り天井にして共鳴するようにした、高度な建築技術によるものである
重層建築の山門も明和4年(1767)上棟・再建された(重要文化財)
梵鐘は正和2年(1313)に造られた信濃善光寺の物
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