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zoom RSS 滋賀院門跡

<<   作成日時 : 2015/05/31 16:45   >>

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 滋賀院門跡
 天台宗 延暦寺本坊
 本 尊
 薬師如来
 やくしにょらい
 2015_04_14




延暦寺の総本坊で、滋賀院御殿とも呼ばれ代々座主の御座所
元和元年(1615)後陽成天皇から京都の法勝寺を賜って天海が建立した
明暦元年(1655)後水尾天皇から滋賀院の名を下賜された
明治11年(1878)焼失し、比叡山無動寺谷法曼院の建物3棟を移した

門跡(もんせき・もんぜき)とは皇族や貴族が住職を務める寺院、またはその住職
宇多天皇が出家して仁和寺に入り、御室門跡となったのが始まり
鎌倉時代初期頃から皇族や摂家の跡取り以外の子弟が特定の寺院に出家するようになる
出家すると婚姻しないため宮家も作ることがなく、冠婚葬祭の出費を削減できた
子弟らは荘園を所有しており、その経済力で寺院を支配し継承するようになった
鎌倉時代以降は寺格を指すようになり、門跡寺院と呼ぶようになった
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境内には天台宗務庁が併設されており、天台宗総合研究センターは、天台宗とその寺院の在り方、情報化社会への対応と人材養成や研修を行う
隣接の慈眼堂は、慶長12年(1607)から比叡山南光坊に住み、織田信長の比叡山焼き討ち後の復興に尽力した天海の廟所
寛永21年(1644)3代将軍・徳川家光の命で建立された
堂内に木造慈眼大師坐像を祀る(重要文化財)

比叡山鉄道株式会社・比叡山鉄道線は坂本から延暦寺至る京阪グループのケーブルカー路線
昭和2年(1927)開業、通称・比叡山坂本ケーブル、平成19年(2007)架線を撤去した
台風や積雪による被害を受けやすい架線は、管理が大変なうえ眺めにも邪魔だった
既存設備を最大限生かし且つ費用軽減のため、車両にバッテリーを積み、駅での充電用にパンタグラフを残した
そのため架線のない線路をパンタグラフが上がったままのケーブルカーが上下する
駅舎は開業当時の大正ロマンの洋風建築で、国の登録有形文化財
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