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<<   作成日時 : 2015/08/16 13:50   >>

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 吉野神宮
 建武中興十五社の一社
 官幣大・別表神社
 祭 神
 第96代・後醍醐天皇
 ごだいごてんのう
 2015_07_23




文保2年(1318)大覚寺統の後醍醐天皇が親政を開始
元徳3年(1331)持明院統の光厳天皇が鎌倉幕府の奏請により践祚(せんそ=即位の前段階)
正慶2年/元弘3年(1333)鎌倉幕府が滅亡、後醍醐天皇は建武の新政(建武中興)を開始
建武2年(1335)足利尊氏が建武政権から離反
建武3年/延元元年(1336)光厳上皇の命を受け、尊氏は新田義貞・楠木正成らを撃破し入京
光明天皇が践祚して北朝が成立、尊氏は京都に武家政権(のちの室町幕府)を成立させる
後醍醐天皇は吉野朝廷(南朝)を樹立し、吉水院に最初の行宮(皇居)を定めた
暦応2年/延元4年(1339)後醍醐天皇が崩御、後村上天皇はその像を吉水院に安置し、仏教式の供養が行われた
明徳3年/元中9年(1392)後亀山天皇は後小松天皇と和睦し、南北朝時代が終わる
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吉水院は明治の神仏分離令で廃寺
明治7年(1874)後醍醐天皇社という名称で旧吉水院内に創立
明治8年(1875)吉水(よしみず)神社と改称、後醍醐天皇を祭神とする神社となった
明治22年(1889)明治天皇が吉野宮の創立を命じた
明治25年(1892)社殿が竣工、後村上天皇が自ら刻まれたと伝わる後醍醐天皇像を御神体として、吉水神社から遷座
大正7年(1918)吉野神宮に改称
昭和2年(1927)現本殿上棟、祝詞舎完成
昭和3年(1928)現拝殿竣工
昭和4年(1929)神門竣工
昭和5年(1930)大鳥居竣工

桜の名所で金剛山・葛城山が遠望でき、総檜造の本殿・拝殿・神門は、京都を望む北向きに建てられている
御影・船岡・滝桜の摂社三本殿には南朝方で活躍した7人の巧臣、日野資朝・俊基・児島範長・高徳・桜山茲俊・土居通益・得能通綱が祀られている
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