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zoom RSS 伊射波(いざわ)神社

<<   作成日時 : 2017/05/21 15:42   >>

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 伊射波(いざわ)神社
 志摩国一宮・加布良古明神
 式内大(論)・無格社
 祭 神
 稚日女尊
 わかひめのみこと
  伊佐波登美命
 いざわとみのみこと
  玉柱屋姫命
 たまはしらやひめのみこと
  狭依姫命
 さよりひめのみこと
 2017_03_21




稚日女尊を海の道から加布良古崎へ祭祀したのが起源で、志摩国の海上守護神として古代から崇敬されたと言う
延長5年(927)延喜式神名帳には、粟嶋坐伊射波神社二座とある
志摩市磯部町から鳥羽市安楽島(あらしま)町にかけての地域は粟嶋(あわしま)と呼ばれていた
建久3年(1192)皇大神宮年中行事に「悪志・赤崎・加布良古明神」とあり、古くから阿久志神社や赤崎神社と共に知られていた
中世諸国一宮制の基礎的研究では、伊射波神社2座は合祀されて伊雑宮伊雑宮に祀られたとある
大神宮本記帰正鈔で「神宮ヨリ摂スル時ハ、伊雑宮ト宮号ヲ以テ称シ、志摩国司ノ管スル時ハ、伊射波神社ト社号ヲ以テセシト見エテ」とあり、伊射波は伊雑の万葉仮名と考えられ、神宮と国司で呼び方が異なっていた
安永4年(1775)大神宮儀式解で、延喜式では伊雑宮は大神宮式の中に収められており、安楽島の伊射波神社が神名帳に記された、とする説が記述されている
文化4年(1807)鳥羽城主・稲垣長以が覆屋・拝殿・鳥居を寄附し、神号を伊射波大明神とした
伊勢神宮の別宮兼官社だった伊雑宮の神職を牽制するため、民社で同じ祭神の伊射波神社を一宮としたのではないかという憶測もある
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昭和31年(1956)籠堂が再建
昭和51年(1976)本殿と拝殿を造営
平成13年(2001)本殿と拝殿を現在地に造営して遷座
鳥羽市安楽島町の加布良古岬のほぼ中央にあり、かもめバスの終点・安楽島(参拝者用駐車スペース有り)から徒歩約25分
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