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zoom RSS 安房神社

<<   作成日時 : 2017/06/11 13:39   >>

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 安房(あわ)神社
 安房国一宮・大神宮
 式内・名神大・官幣大・別表神社
 祭 神
 上の宮(本宮)
 天太玉命
 あめのふとだまのみこと
 天比理刀
 あめのひりとめのみこと
 忌部五部(伴緒)神
 いんべいつとものをのかみ
 下の宮(摂社)
 天富命
 あめのとみのみこと
 天忍日命
 あめのおしひのみこと
 2017/4/23




伝承では、神話時代に阿波地方から渡ってきた忌部氏(いんべうじ)による創建といい、安房の国名・社名は阿波忌部の移住・開拓から起こったといわれる
安房地方の古社には、忌部氏による開拓伝承が残るが、確実な史料はない
安房郡司・安房神社神職など在地関連人物に忌部の名はなく、常総地方の中臣氏勢力と対抗するために阿波からの移住説が創作されたと推測する説もある
古代の安房国はアワビの貢進地で、八神郡の一つとして朝廷から重要視された
律令制下で安房国造が祭祀を担い、御食津神として祀られていた
八神郡は安房国安房郡のほか伊勢国度会郡・多気郡(伊勢神宮)・下総国香取郡(香取神宮)・常陸国鹿島郡(鹿島神宮)・出雲国意宇郡(熊野大社出雲大社)・紀伊国名草郡(日前神宮國懸神宮)・筑前国宗像郡(宗像大社)がある
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治承4年(1180)源頼朝が神田を寄進した
寛喜元年(1229)安房国一宮に位置づけられた
明応8年(1499)大地震で社殿が倒壊
文亀3年(1503)領主の里見義成が本殿・瑞垣を造営
その後も里見氏によって社殿の修造が行われている

本殿は、明治14年(1881)造営
拝殿は、昭和52年(1977)鉄筋コンクリートで造営
平成21年(2009)に本殿・拝殿の大修造が行われた
本宮を上の宮とし、摂社を下の宮と称する
境内末社に厳島社・琴平社がある

忌部五部(伴緒)神
伴・部(とも)は氏族・部族のことで、伴緒・部(とものを)はその長である
忌部(斎部)氏は大和朝廷時代に中臣氏と並んで祭祀を担当していた世襲の役人である
天孫降臨に従って地上にきた神々のうちの5柱の神(五部神)に擬えて、5つの部族の祖先を祀った
 櫛明玉命 くしあかるたまのみこと  (出雲)
 天日鷲命 あめのひわしのみこと   (阿波)
 彦狭知命 ひこさしりのみこと    (紀伊)
 手置帆負命 たおきほおいのみこと  (讃岐)
 天目一箇命 あめのまひとつのみこと (筑紫・伊勢)
大化改新後は中臣氏から藤原氏が出る
奈良時代には伊勢神宮への奉幣使(ほうへいし)に任命された
政界で有力になった中臣氏が祭祀関係の要職を独占する

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もう一つの安房国一宮 洲崎神社

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