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zoom RSS 上一宮大粟神社・神宮寺

<<   作成日時 : 2017/07/08 15:51   >>

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 上一宮大粟(かみいちのみやおおあわ)神社
 阿波国一宮論社
 式内・名神大(論)・郷社
 祭 神
 大宜都比売命
 おおげつひめのみこと
     
 神宮寺(徳島県名西郡神山町)
 大粟山
 高野山真言宗
 本 尊
 文殊菩薩
 もんじゅぼさつ
 2017-04-29




社伝によれば、大宜都比売神が伊勢国丹生の郷から馬に乗って阿波国に来て、この地に粟を広めたという
延喜式神名帳に阿波國名方郡・天石門別八倉比賣神社と記載される論社の一つ(他の論社は八倉比売神社と一宮神社)
神亀5年(728)聖武天皇の勅願所となる
平安時代に、一宮神社が分祠された(現在の徳島市一宮町)
承久3年(1221)阿波の守護に任ぜられた小笠原長宗が、代々奉仕してきた粟飯原家を滅ぼし、姓を一宮と改めて大宮司と称した
武将と祭官を兼ね一宮大宮司を次いでいたが、一宮成行の代に、一宮城内に下一宮を分祀して長男の成良を城主とし、次男の成直は祭官として上一宮を祭らせた
歴代阿波藩主の祈祷所として、寺領・神馬を奉納した
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明治3年(1870)埴生女屋神社と改めた
明治28年(1895)社名を元に戻した

新四国曼荼羅霊場第七十三番札所
通称:大阿波さん、一宮明神・田ノ口大明神・上一宮大明神・大粟上一宮大明神などとも
阿波国一宮は他に一宮神社八倉比売神社大麻比古神社がある

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神亀5年(729)聖武天皇の勅願により行基菩薩が創建

四国三十三観音霊場会4番
御真言: おん あらはしゃのう
昭和58年(1983)現本堂、落慶

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仏教は飛鳥時代に伝来したが、平安時代に仏教が一般に浸透すると、神仏習合思想が生まれた
神宮寺(じんぐうじ)は、神社に附属した仏教寺院で、別当寺・神護寺・神願寺・神供寺・神宮院・宮寺ともいう
別当は、神社の管理権を掌握した場合の呼称と考えられる
逆に寺院が主体の神社は、一般に鎮守社という
明治の神仏分離令で寺院が神社に転向したり、廃仏毀釈で消滅するなどした

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