清洲城

 
 東海道 尾張の国
 城 名 清洲城
 別 称 清須城
 所 属 室町時代・尾張国守護
 築城年 1405
 築城主 斯波義重



当初は、尾張守護所である下津城の別郭として建てられた
京鎌倉往還と伊勢街道が合流し中山道にも連絡する交通の要所
弘治元年(1555)織田信長が那古野城から移って大改修を加え居城とした
慶長5年(1600)関ヶ原の戦いで東軍の後方拠点として利用され、慶長12年(1607)には家康の九男徳川義直が入城し、清洲藩の本拠となった
慶長18年(1613)名古屋城の完成と城下町の移転が完了し廃城となる
名古屋城御深井丸西北櫓は清須城天守の資材を元に作られたため清須櫓と呼ばれる

画像
画像
画像

訪問日 2010/02/22 遺 稿 模擬天守
入場料 改装休業中 駐車場 無料 D2

城址はすぐ横を流れる五条川と東海道本線により分断されており、平成元年(1989)にRC造の天守の位置や外観は史実と異なる 平成22年2/1から3/19はリニューアル工事
中に入れなかったので屋根ぐらいしか見えなかったのだが、御殿らしき外観の芸能文化館が隣設
清洲公園に信長の銅像が、清洲古城跡公園に清洲城跡顕彰碑がある
「きよす」の表記は、信長公記では「清洲」、三河物語では「清須」と記載されている 清須市清洲地域文化広場となっているのもおもしろい(ややこしい?)
画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント